TSUKUBA FUTURE #132:気候の現在、過去、未来を理解する

生命環境系 岡島 悟 准教授
日本列島が位置する北半球の中緯度地域では、移動性の高気圧と低気圧によって天気の変化の多くが引き起こされています。岡島さんはその中でも、季節ごとの違いに注目して研究に取り組んできました。その一つが、春先によく発生する「南岸低気圧」です。

解析データをディスプレーに映す岡島さん
本州の南岸を西から東に進む「南岸低気圧」は、人口が集中する太平洋側に大雪や大雨を時としてもたらすことが知られています。2014年2月には2度もやってきて、関東甲信地方はいずれも大雪となりました。特に2度目は甲府市で114センチ、前橋市で73センチなど、各地で観測記録を更新しました。
南岸低気圧に伴って雪が降るかどうかの予報は難しいとされていますが、岡島さんたちが挑んだのは、そもそも春先に南岸低気圧がよく発生するのはなぜなのか、という根本的なメカニズムの解明でした。そして、気温や風向、風速など過去数十年にわたる地球全体の大気データをコンピューターで解析し、南岸低気圧が発生する際の気象パターンを抽出することに成功したのです。
では、そのメカニズムを、順を追って紹介しましょう。
春を迎えるユーラシア大陸上の大気は冬よりも暖かくなり、上空を吹く西風(偏西風)に沿ってその下流(東側)も暖かくなります。すると、地上付近では低気圧性の流れ(上昇気流)が生じ、華南(中国南部)から東シナ海の上空で西風ジェット気流が強まります。それに伴って、東シナ海周辺で低気圧が発生しやすくなります。東シナ海上で発生した低気圧には南から水蒸気が流入し、発達しながら本州南岸にやってくるのです。
南岸低気圧のような、移動性の高気圧と低気圧の活動に関するメカニズムの解明に貢献したのが、岡島さんが東京大大学院生だった時に開発した「曲率ベースのオイラー統計分解(CUBED)」をはじめとする、移動性の高気圧と低気圧を抽出する手法です。
先ほども触れたように、北半球の中緯度地域の上空では偏西風が吹いています。これまでは、偏西風と個々の低気圧や高気圧の周りを回る風を区別して解析することが難しかったのですが、CUBEDを用いることで、解析が可能になったのです。岡島さんたちは、冬季に北西太平洋で急激に発達する「爆弾低気圧」の発生が近年増えているのは、東シナ海上の大気の温暖化と多湿化が原因であることも、これらの手法を使って突き止めました。

図 |
岡島さんたちが明らかにした、南岸低気圧が春先によく発生するメカニズム |
春になるとユーラシア大陸上で大気がより加熱され(➀:橙色)、対流圏注1)中層の偏西風(➁:薄い太矢印)に沿ったその下流側で対流圏中層が暖かくなる(➂:赤色)。暖められた大気は膨張して軽くなるため、大陸上の対流圏下層の気圧が低くなり、反時計回りの低気圧性の風の流れ(➃:薄紅色矢印)を誘起する。その結果、中国南部(華南)~東シナ海の対流圏下層で西風ジェット気流が発達し(➄:灰色の細矢印及び黒線)、東シナ海周辺で大気の前線(➅:紫線)がより多く発生するようになる。すると、大気の前線に沿って東シナ海周辺で低気圧(➆:赤丸Lマーク)が発生しやすくなり、南からの水蒸気の流入(➇:紺色破線)と降水(➈:灰色の雲マーク)を伴いながら発達?東進し、本州南岸に達する。このような課程で、春先に南岸低気圧の発生頻度がピークを迎える。
注1) |
対流圏 |
地上から高さ10~16kmまでの大気の層のこと。大気の対流が活発で、上空ほど気温が低くなる。ジェット気流など大気の運動や、雲の形成や降雨など日々の気象の変化が生じる場所である。 |
岡島さんは「季節予報や地球温暖化の地域影響の予測精度の向上にもつながるはずだ」と自らの研究を評価します。過去の気候から現在の気候の成り立ちを知ることが、将来予測にもつながっていくのです。今後は、海水温の変化と気候変動との関係などについても、研究を進める予定です。

岡島さんの気分転換法の一つがおしゃべり。人と話すことで、自然に考えがまとまることがあるし、コミュニケーション力も高まるという。学生たちにも、周囲とのコミュニケーションは大切だと話している。
岡島さんは幼いころから天気図を見るのが好きで、14歳の時に気象予報士試験に合格しました。「なぜ天気図が好きになったのか覚えていないのですが、小学生のころは、よく図書館で気象の本を読んでいました」といいます。ただ、そのまま一直線に気候?気象の研究者の道に進んだわけではありません。生命科学などにも関心があり、大学の1、2年生の時は幅広い分野を学ぶことを心がけたそうです。そうした中で「物事を俯瞰的に見て考える研究の面白さに気が付いた」と言います。例えば、南岸低気圧が春先に多いメカニズムには、ユーラシア大陸での大気の加熱やジェット気流の発達など、さまざまなプレーヤーが関わっています。日々の天気予報よりも長い時間間隔と大きなスケールで、そうしたプレーヤーの関りを俯瞰的に読み解く、理学的なアプローチに岡島さんは魅力を感じているのです。

授業する岡島さん
ちなみに、学生時代はボウリング部に所属し、主将も務めました。ベストスコアは290点。ボウリングでは、レーン上のオイルの状態が、投球につれて刻々と変化します。「その状況を踏まえて、球を投げる軌道を考えるのが楽しかった」とか。研究の面白味を知ることにも通じるものがあったのではないでしょうか。
昨年12月の筑波大着任後は、過去2000年間の古気候をコンピューターシミュレーションで復元する研究も始めました。福井県の水月湖とグアテマラのペテシュバトゥン湖の湖底に縞状に堆積した地層(年縞堆積物)を採取し、過去7万年間の気候がどのように変動してきたのかなどを調べる大型学術研究プロジェクトの研究協力者としての仕事です。人類史のスケールで、気候変動の過去、現在、未来を知ることにつながることでしょう。
(文責:広報局 サイエンスコミュニケーター)
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